自制にエネルギーを使わない方法

 

ひとえに、勉強とはいっても用途が違うとその方法は異なってくる。自分は人に教えるために復習←これを勉強と読んでいるので、
「ある単元の文献を読み、理解する」ことが目的ではなく、
「理解するのは大前提で、それを以下にわかりやすく伝えるかをノートに残す」ことが目的である。台本作り、台本を作るなら、役を演じる役そのものの人生を知ってないといい演技ができないのと一緒。
まぁ今回はその量が多いという話。
 
世間はHappy New Year. No, I'm not. I am just preparing for my work.
 
勉強しようがしまいが自分以外にはあまり関係がない。
「やらなければいけなくなったからやっている。」
けど、化学、物理を勉強するその先には今以上に数学に応用できる知識が眠っているってわかっているから、気は進む。
 
頑張るとか情熱とか、向上心みたいな言葉に最近抵抗を覚える。
燃費が悪い車のような気がして、エネルギーを多く使いそうだから。
 
やらなければいけなくなったからやっている。そこにエネルギーはいらない。自制をしなくていい。それがやらなければいけないの利点。
 
だけど、おれは空港でキャリーバックを持って、興奮を胸に日本を去るあの感覚がたまらない。その興奮度合いは準備の量に比例する。なので少々やりたいも混ざる。